顔面神経麻痺は、突然顔の片側が麻痺がしてしまう病気です。麻痺の原因は大きくわけると、脳の異常などと関わる中枢性のものと、それ以外の末梢生のものがございます。そして、そのほとんどのケースは末梢生のもので、ベル麻痺や、ハント症候群などと呼びます。
末梢性の麻痺の場合、飲み薬や点滴などによる、現代医学的な治療が最も有効で、6割から7割が治癒するとされています。
ただ、残りの3割から4割の方は、後遺症がのこってしまう可能性があり、その後遺症に関しては、現代医学では特に有効な治療手段がないのが現状です。
通常は初期の投薬治療が終わると、経過観察だけの状態になります。また、新しい治療法の提案のないまま、病院へ通う間隔を徐々に空けられていくことがほとんどです。麻痺がなかなか改善しない方にとっては、この状態はたいへんご不安なことと思います。
現代医学的な治療策がないので、最終的にはご自分で他の治療法を探すしかありません。手術であったり、星状神経節ブロックであったりと様々です。それらの選択肢の中でも、鍼治療をお選びになる方も多くいらっしゃいます。
手術などはリスクが高く、それに応じて効果も高かというと不明確です。リスクと効果のバランスを考えると、まずは安全性が高く、身体への負担もない、鍼灸治療をお試しになるのがよいでしょう。
一般的に鍼灸治療は、血流をよくすることで、顔面神経麻痺の治癒を促進させると考えられています。
ただ、ご自分の今の状態は、鍼治療で改善の余地があるかどうかや、どれくらいの頻度や期間かかるのか、などが気になるのではないでしょうか。
そこで、顔面神経麻痺の鍼治療を専門的に行っている私の経験から、皆さまからよくいただくご質問をふまえ、特集記事として以下にまとめてみました。どうぞご参考にしてください。
鍼治療が適応となるケース
末梢性の顔面神経麻痺
ベル麻痺、ラムゼイハント症候群
発症してからの期間が、以下にあてはまる
発症後2ヶ月以内のものは特に治りがよく、8ヶ月程度までならよく改善していく傾向にあります。ただし、発症直後は現代医学的な治療が最も効果が高いので、発症したらまず病院などを受診してください。なお、鍼灸は病院での治療と並行して行うことが可能です。
また、ENoGという電気生理学的検査法の結果が良好な場合は、実際に現れる麻痺の重さに関わらず予後が良く、お薬での治療後、特に何もしなくても自然治癒するケースも多いようです。このENoGという検査は、病院によって採用していないところもありますが、予後を大まかに知るうえで参考になります。
短期間なら試す価値はあるが、基本的に改善が難しいもの
中枢性の顔面神経麻痺
腫瘍など脳の異常が原因で、手術が必要なもの
発症してからの期間が、以下にあてはまる
発症後8ヶ月以上経過している方は、基本的には難しいことが多いです。ただ、まれに緩和していくケースも存在しますので、1ヶ月半程度の、短期間の経過観察をしながら試してみる価値はございます。
手術後の発症や、交通事故などの外傷
手術や交通事故による顔面神経麻痺は、良くなるケースもございますが、効果が全く出ないで中止するケースもございます。末梢性の顔面神経麻痺より治りが悪いことがほとんどです。
鍼治療の効果の評価
一般的に鍼灸治療は、顔面部の血流をよくしたり、炎症を抑えたりすることで、治癒を促進させると考えられています。顔面神経麻痺に対する鍼治療の外部の評価としては、WHOが2002年に発行した鍼灸の臨床試験報告レビューでは、以下のように分類され、より質の高い臨床試験によって、今後も検証が続けられることを期待されています。※1。
治療効果をみせることがあるが、さらなる臨床試験による証明が必要とされるもの
※1 Acupuncture: Review and Analysis of Reports on Controlled Clinical Trial. World Health Organization 2002より、 著者による意訳
成鍼堂における顔面神経麻痺への鍼灸治療
全身の状態を改善する
鍼灸治療を受ける場合は、顔への鍼治療だけでなく、全身的な治療をするとより効果的です。なぜなら、ほとんどの場合、病んでいるのは顔だけでなく、全身的に疲労がたまっていたり、強いストレスがあったりと、ご自分では気づいていないお体の不調が存在しているからです。
顔は体の一部分ですので、その根となる全身の状態を整えることで、麻痺の回復が促進できると考えています。
顔への刺激もしっかりと行う
鍼灸師によって治療方針は様々で、体の一部を取りあげ、そこさえ整えば顔も自然によくなっていくという考えもあるようです。そのため、顔への刺激は一切行わないという鍼灸院もあるようです。
顔に刺激をしないという方法が、正しいかどうかは別として、私の意見としては偏った治療はせずに、患部もそれ以外の場所も、両方に目を向ける必要があると思います。
確かに歴史的にみても、古代の医学書には顔面神経麻痺に対して、頚部や耳の裏側あたりのツボや、手足への刺激も行うことが記載されています。しかしながら、同時に顔面にあるツボも併記され、どちらか片方のみを行うというのは、その中のひとつの説に過ぎません。
つまり、全体的な治療をしたうえで、顔も刺激した方がよいと考えられます。
例えば、『鍼灸資生経』という中国宋代の鍼灸学書には、歴代の様々な文献に記載されている顔面神経麻痺のツボがまとめられています。その中には、手足にある「内庭(ないてい)」「二間(じかん)」といったツボと、耳の裏にある「翳風(えいふう)」というツボの他に、「承泣(しょうきゅう)」などの顔面のツボも列挙されています。
部分と全体をバランス良く治療するのが、昔からのスタンダードというわけです。
麻痺の部位や程度、全身の状態など、個人差に合わせて治療を行う
顔面神経麻痺といっても、運動麻痺以外に味覚障害のある方や、強ばりのある方、痺れなどの知覚の異常や違和感、涙が止まらないなど、症状は様々です。
ひとりひとりに合わせた治療を行うために、鍼灸師は初診時にじっくり話を聴く必要があります。成鍼堂では個々の状態に合わせて鍼を行、すべての方に同じ場所へ鍼を刺し、寝かせておくだけの、個人差を考えない治療は行いません。
鍼治療の安全性
鍼の安全性に関して気になる方も多いでしょう。科学的根拠(エビデンス)に基づく医療情報源として、最高水準のものとされているコクランレビューによれば、鍼治療のエビデンスはまだ明確ではないとしながらも、以下のように、537例を対象とした6試験において、有害な副作用が報告されなかったとしています※2。
参加者計537例を対象とした6試験が組入れ基準に合致した。5試験では鍼治療を用い、残る1試験では鍼治療と薬物の併用を用いていた。本レビューで規定したアウトカムについて報告していた試験はなかった。有害な副作用は、いずれの試験でも報告されなかった。
以上のように鍼治療は安全ですが、現場の臨床家としては、完全に害がないと言い切ることはできません。大きな害はないものの、例えば副反応として、鍼を刺したあとに内出血することがございます。
ただ、この内出血は採血などで起こるものとほぼ同じようなもので、自然にきれいに消失します。発生頻度も注射などにくらべてはるかに低く、体質的なものと関連していることもあり、長期の治療において一度も内出血しないというケースがほとんどです。
治療開始のタイミングや治療頻度・期間について
治療の開始は基本的にはいつからでも可能
鍼治療開始のタイミングですが、基本的にいつからでも可能です。早ければ早いほどよいという説もありますが、発症当日からすぐになどと、極端に急ぐ必要はありません。私の経験では、病院での初期のお薬の治療が終了する、発症後2週間程度の方の治療をする事が多いですが、それでも全く問題はございません。
逆に、西洋医学的な治療は発症直後から開始することが望ましいので、症状が出始めたら、迷わず西洋医学的な治療を最優先させるようにしましょう。
顔面神経麻痺への鍼治療の頻度や期間について
鍼灸師によって違いが出る所なので、当院の場合として紹介させていただきますと、発症して約2ヶ月以内であれば、最初の2週から4週は、可能な場合は2~3日間隔の通院を勧めています。発症後それほど時間が経過していない場合は、高頻度で行うと改善しやすいことがあるからです。
2ヶ月以上過ぎている場合は、治療期間が長引くこともあるため、それぞれの方の状況に応じて調整していきますが、基本的には鍼治療の頻度は週に1回程度になります。
治療期間の目安としては、軽度のものでかつ早期あれば、数回のうちに大幅な改善がみられますが、基本的に治療は1クール2ヶ月間を目安に行い、その間の治癒の度合いをみながら継続するか終了するかを決定していきます。
まとめ
私は今まで、顔面神経麻痺の後遺症のケアに数多く関わってきましたが、たくさんの方々に喜ばれ、鍼灸はもっと多くの方に利用されるべきだと常々感じております。実際の症例もいかに数例紹介しておりますので、ご参考にしてください。