
顔面神経麻痺を発症したら、まずは薬剤による治療が行われ、多くはこれによって自然回復するとされています。
一方で、麻痺が回復しない場合は、強く推奨される標準的な治療がありません。そのため、初期の薬剤治療が終了した後のケアについては、自分で選ぶ必要があります。
顔面神経麻痺ガイドラインに掲載される各種療法の比較
顔面神経学会のガイドラインには、薬剤治療以外の選択として、顔面神経減荷手術、リハビリテーション治療、形成外科的手術、鍼治療、ボツリヌス毒素治療、星状神経節ブロックの7つが紹介されています。
こららの治療法は、急性期から回復期の治癒の促進を目的としています。
各治療法への評価や推奨度もガイドライン中に記載されていますが、どの治療法も推奨度では横並びで、特に外科的な方法は体への負担も大きいので、選択にお悩みの方は多いはずです。

この中から、急性期(発症初期)に行われることの多い顔面神経減荷手術、鍼治療、星状神経節ブロックの、治療頻度などを比較してみると、次のようになります。

自分にとって有効かどうか判断するには、基本として試してみるしかありません。その際、身体的負担や、時間的・経済的な負担を考えると、まずは身体的な負担の軽い鍼灸をお考えになるとよいのではと感じています。
また、鍼灸以外の療法は通常の医療機関で行われますが、それぞれ合併症(副作用的な症状)もあるので、選択の際はよくお調べになるとよいでしょう。
鍼灸のメリットは身体的負担が少ないこと
鍼灸のメリットは重い合併症の報告がなく、身体的負担が少ないことです。
デメリットは、鍼灸は保険適応されないので、全額自費負担になるところでしょう。ただ、他の療法は健康保険適応になった場合でも、入院の有無や通院回数によって、思ったより高額になる可能性があります。
では、鍼灸は実際にどのように行われるのでしょうか。これに関しては鍼灸院によって異なることが多いので、ご参考までに成鍼堂の施術方針や、期間・頻度などご紹介いたします。
成鍼堂の微軟鍼単撚術(微鍼術)を用いた顔面神経麻痺の施術
成鍼堂では、2010年の開業当初から多くの方に顔面神経麻痺の施術を行っております。
施術の方法は鍼灸院によって様々ですが、成鍼堂では鍼の痛みを大幅に低減し、体への負担が少ない、微軟鍼単撚術(びなんしんたんねんじゅつ)よる施術をしております。
微軟鍼単撚術とは、微細な軟かい鍼を用い、単刺(たんし)で、撚鍼術(ねんしんじゅつ)を行う鍼術です。専門的な用語なので、それぞれどういったものかをご説明します。
微細な軟かい銀製の鍼を使うので刺激がソフト

微細な軟かい鍼とは、具体的に直径0.14mmの太さの微細鍼を用います。また、現在は安価で操作のしやすいステンレス鍼を用いるのが主流ですが、成鍼堂では医療用の銀製の鍼を用いています。
銀鍼のメリットは、鍼がステンレスと比較して軟らかいため、鍼が刺さる感覚もソフトになるところです。
単刺術のみで施術 – 鍼を顔面に大量に刺したまま放置されないので安心
鍼の方法には大きく分けて、単刺と置鍼(ちしん)がございますが、成鍼堂ではリラックスした状態で施術を受けていただけるように、単刺術のみで施術を行います。
単刺は鍼を刺したまま放置せず、一定の手技を加えて患部の変化を確認後、すぐに抜き去る方法です。そのため、刺したまま長時間放置されるストレスがございません。
一方で置鍼とは、鍼を刺したまま一定の時間放置することを指します。置鍼は一か所ずつ効果を確認しながら刺針する手間が省け、複数人同時に施術できるため、施術者側としては効率的な方法です。
ただし、鍼に不慣れな方や、痛みに弱い方は、顔面に鍼を沢山刺されたまま放置されることがストレスとなり、緊張を誘発してしまうことがございます。
特に鍼が初めてでご不安な場合は、成鍼堂で採用しているような単刺術での施術を受ける事をお考えになるとよいでしょう。
撚鍼術 – 皮膚の感覚受容器を意識したほぼ無痛の刺法
成鍼堂で採用している撚鍼術(ねんしんじゅつ)は、鍼の刺激が少なく、内出血が発生しづらい刺法です。
一般的な鍼を刺す方法として、管鍼法というものがあります。これは、鍼管という鍼より短い管に鍼を入れ、はみ出た上部を叩き、鍼を一気に皮下まで刺す方法です。管鍼法は効率よく鍼を入れることができる日本発祥の方法です。

ただ、顔面など皮膚の薄い部分では、皮下に一気に鍼が入ってくるため、刺激を強く感じてしまうことがあります。
一方で撚鍼術は、鍼管を使用せず、表皮や真皮といった、皮膚の浅い部分から鍼の深さが調節が可能な方法になります。一気に皮下まで刺入しないので、痛みに弱い方でもほぼ無痛の施術が可能です。
また、鍼灸の作用機序として、皮膚の感覚受容器が刺激を受けると、その刺激が神経を通じて脳などに働きかけ、脳から自律神経を通じて身体を調整することが科学的に解明されています。

この感覚受容器は、表皮や真皮といった、体表から2mm程度の部分に多く存在します。管鍼法を用いるとこの大切な皮膚の2mmを一気に通過してしまうので、鍼本来の効果を発揮するためには、刺入法は撚鍼術がよいと考えています。
顔面神経麻痺に対する鍼灸の作用や施術期間
鍼灸は顔面神経麻痺の自然治癒の補助や、後遺症を改善する目的で行われます。鍼灸をすることで期待できるのは、血流の増加や、神経的な刺激、抗炎症作用などを通じて、自然治癒が促進されることです。
基本としては、本人の自然治癒する範囲内での、最大限の回復を目指し、リハビリと並行して行います。
施術の頻度や期間
軽度の場合は1か月から2か月以内に改善することがありますが、中等度の場合は3か月から6か月、重度の場合は6か月以上かかり、麻痺も一部残ることがございます。回復を目的とした施術は、他のリハビリと同様に長い場合で1年までにしています。
成鍼堂では通院頻度を病期別に設定しており、以下のような頻度でのご来所を提案しております。

いつから鍼灸を開始すればよいか
また施術開始のタイミングとしては、発症から2週間から3週間を過ぎてからをお勧めしております。当院での今までの経験になりますが、自然治癒を効率よく促進するためには、できれば発症してから2か月以内に施術を開始するとよいと考えております。
施術時間
1回の施術にかかる時間は、初回は60分程度、2回目以降は状態によりますが、30分から45分になります。
鍼灸の安全性 – 有害な副作用はないが、内出血が時々発生する
鍼の安全性に関して気になる方も多いでしょう。科学的根拠(エビデンス)に基づく医療情報源として、最高水準のものとされているコクランレビューによれば、以下のように、537例を対象とした6試験において、有害な副作用が報告されなかったとしています※。
参加者計537例を対象とした6試験が組入れ基準に合致した。5試験では鍼治療を用い、残る1試験では鍼治療と薬物の併用を用いていた。本レビューで規定したアウトカムについて報告していた試験はなかった。有害な副作用は、いずれの試験でも報告されなかった。
※Cochrane Database of Syst Rev. 2010
成鍼堂の最近2500例の内出血の発生は0件
以上のように鍼治療は安全であると考えられますが、現場の臨床家としては、完全に害がないと言い切ることはできません。大きな害はないものの、例えば鍼を刺したあとに内出血することがございます。
この内出血は採血などで起こるものとほぼ同じようなもので、自然にきれいに消失しますが、人前に出る機会の多い方は気になることと思います。
なお、成鍼堂で行っている微軟鍼単撚術では、最近2500例の顔面神経麻痺への施術において(2024年現在)、内出血は一度も発生しておりませんので、どうぞご安心ください。
低周波鍼通電について
低周波鍼通電は、当院では行っておりません。拘縮や病的共同運動といった後遺症の発生を促すのではないかという意見がみられることが理由です。
ただ、最近では強さや部位の管理で安全な施術できるという報告もあり、悪化例が実際に存在しているかも不明な点が多いので、今後の検証によっては変化していくかもしれません。
どこに鍼やお灸をするのか
顔面の反応点や神経学的に関連する部位
鍼灸には361個の経穴(ツボ)が存在しますが、顔面への鍼の場合は、規定の経穴刺激の他に、緊張の強い場所や、過度に柔弱な場所を探り、鍼やお灸をしていきます。また、神経学的に関連する場所にも鍼をいたします。
鍼をする場所は、状態に合わせたオーダーメイド施術になりますが、以上のポイントを踏まえて20か所ほど行うことがほとんどです。
手足にある関連経穴

伝統的な東洋医学では経絡という、全身を結ぶネットワークがあると考えられています。特に顔面と関係が深い、手の陽明経、足の陽明経を中心に、手足の経穴も使用していきます。ハント症候群の場合は、耳と関連する経絡も加えて施術することもございます。
全身調整
顔面神経麻痺の発症は、ストレスや過労が引き金となることもあり、全身的な調整も必要です。鍼灸刺激はストレスや不安を緩和するオキシトシンというホルモンの分泌を促したり、緊張と関わる交感神経の働きを抑制し、睡眠の質を高める作用もあります。
成鍼堂では、より効率的な自然治癒のために、部分的な施術でだけでなく、全身調整も重視して行っていきます。
リハビリテーション指導
ほとんどの方が病院などでセルフケアの指導を受けているようですが、何も教えてもらえていない場合は、ガイドラインに沿ったセルフケアの資料をお渡しし、更に東洋医学的なツボを刺激する方法もお伝えしております。
当院における施術例
施術例中にあるENoG値とは、顔面神経麻痺の治癒の見通しを立てるための検査の数値です。低い値ほど治りが悪く、後遺症が残る可能性が高いとされています。当院ではENoG値の最低値である0%の方の症例もございますので、高度の麻痺がある方もご参考にしてください。
施術例中には載せておりませんが、当院では柳原法とFaCE Scaleを評価法として用いております。




※施術の結果には個人差がございます。施術例は効果を完全に保証するものではなく、参考として掲載していることをご理解いただきますようお願いいたします。
発症後1年以上経過している方
顔のこわばりや違和感の解消を目的とした施術を行います。施術後しばらくの間、こわばり等が軽減される状態が続くというケースが多く、状態を見ながら定期的に通って維持するという形になります。
鍼灸院はどう選べばよいか?
最後に鍼灸院選びについてですが、経験や専門性のある鍼灸師の施術が受けられれば、効果的な差はほとんどないでしょう。
短期間で治癒した軽度のケースのみを紹介し、誇大広告をしている鍼灸院もありますが、施術期間は平均的に数ヵ月かかります。また、全ての人が完治することはなく、部分的に麻痺が残るケースも存在します。
鍼灸院を選ぶ際に最も重要なのは、長期の通院になることも考慮し、ご自分の通いやすい範囲内でお探しになることです。顔面神経麻痺の知識と経験がある鍼灸師が在籍しているかもチェックしましょう。
その上で、施術方法は鍼灸師によって大幅に異なるので、ご自分と合いそうな鍼灸院を見つけるとよいと思います。

成鍼堂では、微軟鍼単撚術という方式で、鍼灸の中でも更にお体に負担の少ない方法を採用しております。特に鍼が初めてであったり、痛みに弱いという方は、成鍼堂までいつでもお気軽にご相談ください。
参考
- 日本顔面神経学会. 顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版. 金原出版株式会社. 2023年 第2版.
- Chen N, Zhou M, He L, Zhou D, Li N. Acupuncture for Bell’s palsy. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2010