もくじ
不妊治療にあたり前のように利用される鍼灸
鍼灸は自然妊娠を目的に利用されたり、体外受精の成功率を高めるため併用されたり、一般的な治療の選択肢に入るようになってきています。
不妊治療関連の本などでも、あたり前のように鍼治療が紹介され、皆さまの周囲でも鍼灸院に通っている方は多いことでしょう。
では、鍼灸院ではどのような考えのもと、不妊症の治療がされているのでしょうか?
ヒトが妊娠するまでの流れから、なぜ妊娠できないかを考える
具体的に鍼灸についてご説明する前に、まずは東洋医学と西洋医学の接点を探るため、現代医学の観点から、妊娠にいたる過程をおさらいしましょう。
妊娠するまでの流れを単純化すると、上の図のようになります。
まず、卵巣の中には卵子のもとになる卵胞というものがあります。卵胞が順調に育てばそこから卵子が誕生し、卵管へ移動します。そして、卵管内で卵子が精子と出会うことで胚(受精卵)になります。
次に、胚(受精卵)は分割をくりかえしながら、胚盤胞と呼ばれる状態まで成長します。胚盤胞は卵管から子宮の方へ移動して着床します。
そして、5週から6週目には心拍が確認されるようになるまで、グングンと成長していくというわけです。
単純化するとこれが妊娠までの流れです。では、なぜ妊娠ができないのかを考えると、この流れの中のどこかに問題があるからです。
排卵がうまくいかない場合は、多嚢胞性卵巣症候群や、ピックアップ症候群、黄体化非破裂卵胞症候群、卵子の質、黄体ホルモンの低下、脳下垂体や視床下部の影響などたくさんの要因が考えられます。
着床がうまくいかない場合は、子宮内膜症や子宮筋腫などの子宮の問題が原因となります。
また、女性不妊の3分の1は原因不明とされています。
このように、原因と考えられるものは多岐にわたり、医学が発展するにつれてますます複雑化していき、妊娠を希望されている方々の頭を悩ませていることでしょう。
ただ、話をもとに戻して、単純化した原因を思い出しましょう。
妊娠がしずらい根源は、卵巣と子宮のいずれか、もしくは両方の働きに問題あるからということでした。
つまり、基本となる卵巣と子宮の働きを調えれば、細分化された原因も解決していき、いずれ姙娠が可能になるわけです。
東洋医学では症状名に対する固定した治療というのはありません。その症状と関連する内臓の血流などをよくし、働きを調えることで、症状を緩和していくと考えています。
現代医学のような細かい分析はありませんが、単純化された根本をみていくという意味では理にかなっています。
では、鍼灸ではどのようにして、子宮や卵巣を調えていくか、以下に続けて解説していきます。
東洋医学的な不妊の原因と鍼灸治療の考え方
子宮環境と血流
解剖によって子宮という臓器が存在していることは、実は東洋医学でも古くから認識されていました。約2000年前の鍼灸専門書の中には「女子胞」という名前で、子宮らしき臓器についての言及があります。さらに後代では「子臓」「血室」などといった言葉も登場します。
現代医学的には子宮内膜の状態が悪いと、着床しずらくなり、これが不妊の一因になっていることがわかっています。これは東洋医学でも同じで、昔から子宮の働きが妊娠と関係していると考えられていました。
こういった子宮環境は、血流と大きく関係し、血流不全を血虚と表現したり、血流が滞った状態を瘀血(おけつ)と呼んだりしていました。
子宮の冷えと瘀血(おけつ)
普段いろいろな方を施術させていただいている中で、瘀血(おけつ)という東洋医学用語が認知されつつあると感じています。瘀血とは、簡単にいうと子宮の血の滞りで、不妊の原因となります。
そしてこの瘀血の発生は、冷えが原因であると考えられています。
『婦人良方大全』には「子宮の虚冷」と記載される
『婦人良方大全』という約800年前の婦人科専門書では、不妊の原因として「子臓の冷え」を挙げています。子臓とは子宮のことですが、子宮の冷えによって、子宮に瘀血が発生します。
このことから、子宮の循環を促進し、瘀血を発散させることが、妊娠しやすい体作りに必要であるとわかります。
東洋医学用語の中に、腹証(ふくしょう)という言葉があります。腹証とはお腹の状態のことで、様々な症状と関連付けられます。瘀血の腹証は、下腹部の特定の場所に緊張がみられる状態です。
この腹証にそって鍼やお灸をして、瘀血の腹証を軽減していくと、子宮の血流がととのい、妊娠しやすい状態に近づいていきます。
養血と子宮内膜
東洋医学では、子宮のことを「血室(けっしつ)」と表現することもあります。月経は内膜が出血として剥がれ落ちる現象ですから、血室は内膜を意識した言葉かもしれません。
東洋医学的な不妊治療の基本として「養血(ようけつ)」という考え方がありますが、「血室」である内膜を養うために、そのもととなる血を養うわけです。
つまり、子宮内膜の状態が悪くて着床しない場合は、養血を行います。では、血を養うにはどのようにすればよいのでしょうか。
胃腸をととのえると飲食物が効率よく血液となる
内膜の状態をよくするためには、血を養うことが重要になりますが、東洋医学では脾胃を養うことがその鍵となります。脾胃は現代でいうところの胃腸のことです。
飲食物をしっかりと消化吸収できると、効率よく血液が造られます。消化吸収の効率がよくなると、十分な血液によって、血室が充たされ、内膜の状態が調いやすくなります。
そのため、胃の不調や、便秘・下痢などに対する施術が、間接的に不妊の改善につながっていきます。
卵巣機能と五臓
卵子の元として、原始卵胞というものがあるのは、皆さんご存じだと思います。この原始卵胞は、それぞれの女性が生まれつき持ち、加齢とともに消費され続け、最後はなくなります。残念なことに、この原始卵胞は減り続けるのみで、増えることがありません。
東洋医学においても、原始卵胞と似た概念として「天癸(てんき)」というものがあります。
『素問』という古代の鍼灸学書では、「49歳で天癸がなくなり、閉経し、妊娠できなくなる。」とあります。生殖に関する基礎的な考え方は、現代とそれほど大きな差異はないようです。
そしてこの天癸は、卵巣そのものだけではなく、内臓全体の働きによって活性化し、特に腎が関係していると考えられていました。
鍼灸治療においては、排卵や卵子の質などに問題がある場合、腎や内臓全般を調整するツボも刺激します。
体外受精の補助療法としての鍼治療に関する海外の研究
体外受精の補助療法としての鍼治療の効果については、海外で大規模な調査が行われています。ただ、試験方法の難しさもあり、まだ確実に効果ありと言いきれるほどの段階には至っていませんが、その中の一例をご紹介します。
『BMJ』(British Medical Journal)に投稿された、1366名を対象とした臨床試験データの解析によれば、胚移植時に鍼治療を行ったグループで妊娠した人の確率は、鍼を行っていないグループの1.65倍であったということがわかったそうです。また、妊娠の継続率や出生率も高かったようです。
この研究は胚移植時のみの鍼治療のデータになりますので、鍼治療のなんらかの作用によって着床がしやすくなるのではないかと推測することができます。
鍼灸の基本的なメカニズム
一般的な鍼灸の効果については、皆さんがお持ちのイメージ通りだと思ってください。例えば、血のめぐりが調ったり、基礎体温があがったりします。また、自律神経のバランスが調整されて、子宮や卵巣をなどの内臓の働きや、甲状腺ホルモンなど内分泌系、免疫系にも影響することがわかっています。
また、ストレスの軽減にも一役買うことができるので、不妊治療中のリラックスにもよいと考えられています。
成鍼堂が考える不妊鍼灸3つのポイント
(1)子宮内膜を調え着床しやすく
内膜に一定の厚みがなければ、着床する可能性は低くなり、特に体外受精の場合は移植そのものができないこともあります。
施術の基本としてまずは下腹や腰臀部に鍼やお灸をして血のめぐりをよくします。
それに加え、前の節でご説明したような胃腸を調える養血の施術もします。特に東洋医学的に見て血虚と呼ばれる体質の方は、胃腸の調整は必須です。
また、下腹部の部分的な過緊張が見られる瘀血体質の場合は、その部分の滞りを流す施術も行います。
(2)卵子の質を上げる
卵子のグレードを上げる方法としては、規則正しい生活をして、心身共に健康的に過ごすということがよく言われています。つまり、心身が総合的によい状態になればよいわけです。
東洋医学ではもう少し具体的に、内臓を調えることが重要だと考えており、五臓の調和を意識した施術を行います。また、子宮の働きを調える際と同様に、お腹や腰回りへの鍼灸もしていきます。
(3)自律神経を調えて全体的に調整
自律神経は、自分の意志で動かしたり止めたりできない、内臓などの器官をコントロールしています。そのため、自律神経が乱れると、さまざまな体の不調が生じます。
鍼灸の作用として、体表を刺激することで、内臓に影響を与える、体表内臓反射があります。この反射は自律神経反射の一種で、鍼灸が自律神経を調える理由としてよくあげられているものです。
自律神経は姙娠するために必要な、さまざまな生理活動に影響を与えるので、鍼灸による自律神経を介した循環・基礎体温・内分泌(ホルモン)・子宮・卵巣などの全体的な調整も重要です。
自律神経の調整をする際に特に注意しているのは、緊張を与えないことです。成鍼堂では自律神経の調整も専門としておりまして、緊張を誘発しない低刺激施術をしております。
痛みに強い方や、身体がしっかりとした方は、それほど注意する必要はありませんが、痛みに弱く緊張しやすい方、体力的に弱い方は、低刺激施術に向いております。
成鍼堂の施術方針や、はじめての方向けの施術の流れは別ページで詳しくご紹介しておりますので、あわせてお読みください。
目安となる治療期間や頻度
治療期間はそれぞれの方の状態によりますが、おおまかな目安としては、順調にいった場合は3-4ヶ月で、基本としては半年から1年程度は様子をみるようにしてください。
治療は継続的に行うほうがよいので、それぞれの方のお仕事やご家庭の都合や、経済状況に合わせて続けやすい頻度で通っていただいてかまいません。
基本としては、もし可能な場合は週に1回程度がベストで、最低でも月に2回程度は通うことをおすすめしています。
逆に週に数回など、かなりの高頻度での施術を求める鍼灸院もありますが、数週間ですぐに身体が変化するわけではありません。経済的・時間的に損をしないように、あまり意味のない高頻度の施術はおすすめしておりません。
私の経験では短期間高頻度で施術するよりも、数か月以上の継続刺激に意味があると考えております。1週間から2週間に1回程度の施術でも十分に成果は出ております。
なお、体外受精の場合は、移植に合わせた施術スケジュールはこちらにまとめておりますので、どうぞでご確認ください。
セルフケアのお灸や養生について
前の節でご説明したように、不妊治療における鍼灸は、身体づくりのための継続的な刺激が大切です。そのため、ご自宅でのセルフお灸もおすすめしています。
初回の施術後に、お体の状態に合わせたツボや家庭用の台座つき灸をお教えしますので、可能な方はぜひご家庭でお灸をなさってみてください。台座つき灸はドラッグストアなどで市販されていて、手軽に入手可能です。
なお、成鍼堂のLINEをご登録いただいた方には、もれなく無料で台座つき灸をプレゼントしておりますので、ぜひご利用ください。
まとめ
不妊治療の補助療法として、鍼灸を利用する方は増えてきております。子宮環境を調え、卵子の質をあげるためには、自律神経を調整し、内臓の働きをよくすることが不可欠です。
成鍼堂方式の微鍼施術は、自律神経を調えるためのたいへん低刺激なものです。どなたでも安心して受けられますので、施術のご相談などございましたら、成鍼堂にいつでもご連絡ください。
参考文献
- 『黄帝内経素問』(顧従徳本)
- 陳自明『婦人良方大全』(富士川文庫所蔵)
- Manheimer E, Effects of aculiuncture on rates of liregnancy and live birth among women undergoing in vitro fertilisation: systematic review and meta-analysis, BMJ, 2008 Mar 8