うちの6歳の娘は昔から小食で、よく食べ残しをします。子どもの食べ残し処理太りの話をよく聞きますが、我が家では僕が食べ残し処理担当なので、一時期結構体重が増えた時期もありました。
食べ残しと言えば、自分の幼少期には親からよくこんな事を言われたことを思い出します。
「お百姓さんが一生懸命作ってくれた米だから残さず食べなさい」
この子ども時代に言われた「お百姓さん」の話のせいか、今でも米を残すという行為に、なんだかものすごい罪悪感があり、米だけは一粒残さず食べるようにしています。
知らず知らずのうちに、僕もこどもに対して同じようなことを言っていて、食べ残しをする娘に「お百姓さん」を持ち出すと、娘の顔色が急に変わり、大慌てで残った米を完食します。
「お百姓さんが悲しむよ」
「お百姓さんが泣くよ」
こんな適当なことを言うだけなのですが、言っている自分でも本当に不思議なくらい効果のある魔法の言葉で、驚くほど食べ残しが減るのですが、その理由が先日やっとわかりました。
言葉の裏に隠された驚愕の真実
その日は旅行のため、家族で電車に乗っていました。車窓からは田園風景が広がります。夏の青い空に大きな白い雲が流れ、子どもとの何気ない会話も弾みます。
娘「あ!川だ!」
娘「田んぼって綺麗だね」
父「そういえばお百姓さんもいるかもしれないね」
お百姓さんの話になるとなぜだか子どもは急におとなしくなります。
娘「・・・」
娘「・・・」
娘「・・・こわい」
父「は?なんで?」
どうやら、娘はずっと「お百姓さん」を妖怪か何かだと思っていたようでした。電車の中でお百姓さんは農業従事者の方々のことだということを説明しましたが、今まで何であんなに「お百姓さん」が食べ残しに効果があったのかがわかり、なんとも可笑しかったです。
具体的に娘の頭の中で描かれていたお百姓さん像について聴いてみると、白装束を着たスキンヘッドの中年男性で、手に苗を持っているとのことでした。しかし子どもの想像力ってすごいですね。
その後食べ残した際にもう「お百姓さん」は通じなくなったかというと、全くそういうことはなく、ひとつひとつの食材は自分の知らないところで「誰か」が一生懸命作ってくれているというのを理解してくれたようで、相変わらず食べ残しを減らす魔法の言葉になってくれています。