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浮世絵の猫たちと『おもちゃ絵 芳藤』

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僕は浮世絵の猫が好きです。浮世絵の中では、キラキラとした可愛い猫はほとんど登場しませんが、そこがものすごく好きです。あの可愛すぎない、何か企んでいそうな猫たちの表情をみていると、思わず絵の中の猫にセリフをつけたくなります。

さて、最近猫と浮世絵関係の本を2冊読んだのですが、両書ともすごくよかったのでご紹介します。

一冊目は、浮世絵の中の猫ばかりを集めた『江戸猫 浮世絵猫づくし』(東京書籍)という画集です。

浮世絵の猫といえば、歌川国芳が有名ですね。この画集でも国芳とその門下生の絵がメインで、月岡芳年、落合芳幾、河鍋暁斎、歌川芳藤などによる、遊び心たっぷりの猫絵が堪能できます。

その中でも、歌川芳藤という絵師は、最近たまたま猫好きの患者さんに紹介されて、読了したばかりの『おもちゃ絵 芳藤』(谷津矢車著、文藝春秋)という小説の主人公でした。この小説が今回ご紹介したい二冊目の本です。

『おもちゃ絵 芳藤』

おもちゃ絵というジャンルを、『おもちゃ絵 芳藤』を読んで僕は始めて知ったのですが、切り取って人形遊びなどに使われる絵のことです。子どもたちに消費され、最後はゴミとして捨てられてしまうので、後世に残ることが少なく、小説の中では下積み絵師の仕事として紹介されています。

そんなおもちゃ絵を、次々と名を挙げていく同門の絵師たちを尻目に描き続けるのが、主人公の歌川芳藤です。

『おもちゃ絵 芳藤』は、この地味な芳藤を中心に、江戸から明治にかけての激動の時代、時流に合わせて変化を模索する者、伝統を守り抜こうとする者など、国芳門下生たちのそれぞれの苦悩が描かれています。

新しい技術である写真の登場により、浮世絵が消滅するのではないかという絵師たちの不安感は、現代人の人工知能に対する漠然とした恐怖心と通じるものがありました。浮世絵が最終的にどのような道を辿っていったのかというのも、この小説の見所です。

主な登場人物としては、河鍋暁斎、月岡芳年、落合芳幾などの個性的な絵師たちですが、地味で生真面目な芳藤と対照的に描かれ、芳藤はもしかして他の登場人物の引き立て役のための、脇役的な主役なのかと思えるくらいでした。

ただ、小説の中では、たとえ下積み絵師の仕事であるおもちゃ絵であっても、いっさい手を抜かずに、丁寧に描く芳藤の姿がたびたび写し出され、そんな芳藤の絵に対する誠実さに、読んでいくうちにだんだんと惹きつけられていきます。

歌川芳藤『子供遊出初之図』(国立国会図書館所蔵)。猫関係のおもちゃ絵ではないですが、芳藤の絵は本当に1人1人細かく丁寧に描かれています。

実際に最初にご紹介した『江戸猫』にある芳藤の作品を鑑賞すると、本当に細かく描き込まれているのがわかり、特に『しん板 猫のあきんどづくし』という、擬人化された猫の商人の絵は群を抜いた精巧さです。

今回は二冊の本をご紹介しましたが、本と本がつながっていくのも読書の楽しさのひとつですね。今年の夏は外に出るだけでも命がけなくらいの暑さが続いていますので、本来は活動的になりたい季節ですが、何かテーマのある読書をして過ごすのもいいかもしれません。

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